穏やかな秋晴れの11月はじめ、約1年ぶりに訪れた「森の息吹」には2体の牡鹿が搬入されました。しかしいずれも極端に痩せ細っており、解体はせず焼却処分となりました。
「大前提として“肉付きが正常でないものは食肉にしてはいけない”というルールに則っています。」と言うのは、施設長の森下孔明さん。経験を積み重ねてきたことで、これまでのように「開けてみなければ、個体の良し悪しがわからない」といったケースは少なくなったそうで、何らかの病気や、レプトスピラ症、E型肝炎などに感染している可能性が高いために、こうした個体は記録を残した後に全て処分しています。欧米に比べ、日本では解体するまでに設定されたハードルが非常に高く、捕獲された害獣が精肉になる率は、決して高くありません。
この一年で、HPの整備や販促ツールの充実などにより精肉の取引先は順調に増えてきましたが(前年比130%)、この7月におきた豪雨災害により床上浸水や土砂崩れなどの被害に見舞われたこの地域では、夏の間ぱたりと鹿が見られなくなりました。餌場が消失したためとも考えられますが、猟師さんによると「鹿は臆病だから森の深いところに逃げて様子を伺っていたのだろう」とのこと。
「取引先はこれまでと変わらず、東京大阪を中心とした飲食店がほとんどです。実は去年までは『安定供給』を目標に多少無理もしながら頑張っていましたが、災害後2週間、1体も搬入がありませんでした。掻きいれ時にロースとモモの出荷ができなかったわけですが、結果的に安心してお付き合いができる取引先が絞られてきました。お待たせする時間がかかっても、うちの鹿肉を使っていただけるお客様には、より一層精度の高い肉を誠実に用意しようと思えるようになり、トータルでグレードがアップしたと感じています。当面は『安定供給』を考えるのはやめることにしました。」
今年新たに森の息吹のメンバーとなった井上茂人さんは、地元松野出身で洋食料理の世界で働いてきました。解体は初めての経験で、森下さんの下で一から学び、一連の流れを習得しました。
「料理人の頃はブロックになった肉を扱っていたので、頭を落とす、皮をはぐ、などの作業は初めてでした。抵抗がなかったといえば嘘になりますが、搬入時の状態が精肉後にどう影響するかが紐付けてわかると、面白みがあります。」
森下さんは、「私が一人でゼロから積み上げてきた解体方法や精肉技術を直に学べることで、短期間で技術者として独り立ちできたことは大きいと思います。」と話す一方で、「井上さんは料理人の目線で肉を見ることができるので、一緒に作業していると新たな気づきが沢山あります。うちとしては今後さらに調理の現場で喜ばれる精肉ができると思います。」と大きな期待も寄せています。
加工品の充実も進めてきました。燻製、ソーセージは安定した人気がありますが、ジャーキー、サラミ、パストラミには課題もあるとのこと。生産者としてもっと突き抜けた味を求めたい反面、販売者としては消費者に受け入れられる味や価格帯と向き合った商品づくりが必要となり、方向性はさらに検討を続けていくとのことです。
地元の道の駅「虹の森」のフードコートで2017年12月から販売を開始した鹿肉フランクフルトが好評です。当初はイベント出店時の店外販売が主でしたが、町の助けもあり、ポスター制作やプロモーション強化により店内提供に切り替えたところ、多い月には100本以上売れる人気商品となりました。スタッフの宇都宮さんによると「ソフトクリームやドリンクなどお子様連れの利用がほとんどでしたが、フランクフルトをテイクアウトする男性客がかなり増えました。食べやすく歯ごたえがよく美味しいと言っていただけます。」とのこと。松野町の新名物として、定着し始めているようです。